2006年07月01日

定期更新コラムその1・立看板

 2005/07/01〜2006/06/30まで、隔週で更新していたコラムカテゴリ
 特にネタに繋がりがあるわけではないのですが、一応纏めて置いておきます

第01回(2005/07/01):コラムを書こう
第02回(2005/07/15):ゲームへの姿勢
第03回(2005/07/29):言葉という刃
第04回(2005/08/12):話を組み立てる
第05回(2005/08/26):季節の変わり目
第06回(2005/09/09):近くても遠い場所
第07回(2005/09/23):全力で戦う場所
第08回(2005/10/07):スロー・マイペース
第09回(2005/10/21):もう1つの名前、もう1人の自分
第10回(2005/11/04):後書きめいた……?
第11回(2005/11/18):後書きが作る世界
第12回(2005/12/02):最後には、幸せな記憶を
第13回(2005/12/16):雪が降った日
第14回(2005/12/30):始まりの日
第15回(2006/01/13):小さな記念日
第16回(2006/01/27):本当に大切な物って?
第17回(2006/02/10):SS書きとしての意識
第18回(2006/02/24):もう1つの選択肢
第19回(2006/03/10):ぼくらの時間
第20回(2006/03/24):短いリズム
第21回(2006/04/07):読みながら考えること
第22回(2006/04/21):オリジナルの言葉
第23回(2006/05/05):心の余裕
第24回(2006/05/19):舞い落ちる 舞い上がる(『snow flow』の話)
第25回(2006/06/02):作詞の話・その2
第26回(2006/06/16):言葉の力と向きと形
第27回(2006/06/30):コラムを書いて
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2006年06月30日

コラムを書いて

 隔週更新コラム第27回
 去年の7月1日からずっと隔週ペースで続けてきた更新も、今日が6月30日なわけで
 なんだかんだで丸1年続けてきました
 これで1つの区切りと言うこともあり、毎回割と苦しんでいたということもあり
 今回で、ひとまず定期更新は終了の予定です

 と言うわけで、最終回の今回は
 お約束のようにこの1年間のコラムカテゴリを振り返って、という話


 今回を書くに当たってとりあえず、今までに書いた物を一通り読み返してみたのですが
 ……無軌道としか言いようがないですね
 そもそも、第2回の時点で予定を変えて書いてる時点で、そうなるのは目に見えていた気がしますが
 ただ、元々の「自分の言葉を拾う」という目的からすれば、それでも良かったのかも知れません
 実際に書いている時には、そんな目的はほとんど忘れてて、ネタをどうしようかと毎回のように言っていましたが
 それでも、なんだかんだでその瞬間で書きたい事、書ける事は見つかって
 それで此処まで来れたのなら、書き続けた意味はあったのかな、と

 で、無軌道は無軌道なのですが
 全体としてはやっぱり、物書き関連の話が多かったですかね?
 第10回で一区切りを付けてから、特にその傾向が強くなってますけど
 このサイト自体が本来はそういったサイトであり、その割に小説自体の更新はほとんど出来ていませんけど
 その代わりにコラムを書き始めた、という部分を含めてそういう話になっていった様な気はします
 こうして振り返ったことが、これから先の自分にどういった影響を与えるのかは、まだこれからですが
 今の自分のことが書いてあるというのは、ある種の道標のような役割になるでしょうし
 必ず、なんらかの意味は出てくると思います


 実際に書いていた感想としては、やっぱり定期的に更新する、というのは大変ですね
 日記はほぼ毎日更新できてますけど、それとはやっぱり違いますし
 ネタの方向性が無軌道になったこともあって、ネタ出しには毎回のように苦労していた気がします
 第4回ですでにネタに詰まって、内部で完全書き直しとかしてますしね

 ちなみにその書き直し前の、書きかけて途中で詰まったファイルも全部残してあるのですが
 全27回中、6回で書き直しをしているらしいです
 その内1回は、ネタは完全に同じで構成を変えてみた物だったりしますが
 回数自体は思っていたよりは少なかった、かな?
 ……と言うか、第4回、第5回、第6回と3連続で書き直ししてるのがどうなのやら

 それでもそうやって直前で書き直しとかしてても、毎回何とか間に合わせることは出来たわけで
 何とかなる程度の分量しか書いていないけど、実際に何とか出来た、と言うのは自分としては大きいです
 特に年末やここ最近など、それ以外の部分が慌ただしくなった中でも
 内容自体はさておいて、形自体は作れていますからね
 それ以外の余裕がほとんど無くなってしまった時点で、誉められることではないんですけど
 1つだけでも、自分で決めた事をしっかり守れたっていうのは大きい、よね?

 まぁ、なんだかんだと言ったところで
 ネタさえ決まってしまえば、書くこと自体は割と楽しんで書いてましたが
 そんなことも、終わってしまったから言えること、かな?


 そんなわけで、隔週定期更新はこれで一旦終了です
 これも1つのきっかけとして始めてみた事なので、これからコラムカテゴリ自体がどうなるのかは不明
 とりあえずこれからは、不定期更新分をもう少し書けるようにしていきたいなとは思いますが

 それと多分、今回の定期更新分は後で別のカテゴリに分けときます
 今のままだと、後で見直すのもやりにくいかなと思ったので
 そんな話は、これ自体とはあんまり関係ないですけど

 と、そんな感じで
 コラムの隔週定期更新は終わりますが、これからもこのTwinKle Chaosをよろしくお願いします
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2006年06月16日

言葉の力と向きと形

 隔週更新コラム第26回
 ……相変わらず、あんまり調子が良くないんですが
 ここまで何とか休まずに書いてきてるんで、もう少しだけ頑張ろう、うん


 最近、日記でもコラムでもずっと言っていることなのですが
 最初は精神状態の不安定さから始まって、ここ数週間ぐらいは少し体調まで崩してます
 発端がバイトを始めたことだったりするのが、色々と駄目な気はするのですが
 今までが今までだっただけに、仕方がない部分もあるんでしょうかね

 んで、それに伴って、ゲームやら物書きやらをやる気力が薄れてて
 代わりに読書やら音楽やらで時間を潰す事が多くなっています
 それらは大体が新しい物ではなくて、読み慣れた本、聞き慣れた音楽で
 自分が落ち着ける場所と言うことで、そういう方向性になっています
 それでも吸収しきれていなくて、結果として体調を崩してもいるのですが
 少しだけでも気が休まるというのは、今の状況だとかなり大きい気がしますね

 そうして、聞き慣れたはずの言葉を受け取っているのですが
 自分の状況が違って、視点が変わっていると、また別の力を持っている事に気が付いたりもします
 結果として、自分に届いている言葉自体は増えた気がしますが
 届いているはずの力を、素直に受け切れていない様な気もしています
 その辺りが崩れている原因でもあって、それだけの力っていうのは難しいのかなとも思いつつ
 それでもなんらかの影響があるのも確かで、色々と改めて考えさせられたりもしています


 当たり前のことではあるのですが、全ての言葉を額面通りに受け取れるわけではなくて
 そこにある言葉と、それまでに積み重ねられてきた自分の考え方とを合わせて、その上で影響を受けるのだと思いますが
 例えば自分と余りにも違う言葉は、反発を生む場合もあって、それはそれで1つの影響なのですが
 その言葉の力をしっかりと受け取る場合には、その向きや形が重要、という気がします
 まぁ、『相手に合わせた言い方をする』なんてのは、今更言うまでもないことな気はするのですが
 その言葉自体の形と、自分自身がそれまで作ってきた形が合わないと、それは衝突するだけで
 向いている方向性が違えば、互いに引っ張り合うだけで
 当たり前のことなのですが、やっぱり難しいことなのかなと

 もちろん、衝突して崩してしまうことや、むりやり別の方向に引っ張ることも、たまには必要なのですが
 実際にそれだけの影響を起こすためには、それだけの力が必要なわけで
 趣味とは言え、言葉を扱っている身としては、色々と難しいなと
 そんな当たり前のことを、改めて確認したりしていました


 と、やっぱり少し短めな感じだけど、これぐらいで
 なんか、言葉が染みはするけど、そこから先で疑問が出てくるのは
 その言葉と噛み合ってないのか、自分が弱いのか
 ……ホントにいったい何なのやら

 まぁ、弱った心に言葉が染みる感覚自体は、かなり素敵だったけど
 気が付くとその辺りの話になっていない辺りもまた、色々とどうなのか

 さて、次回は隔週定期更新の最終回予定
 定期更新を始めてから1年経って、お約束のように振り返り話のはず
 ネタが決まってる分、このままの状態でも書けるはずだけど、さて?
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2006年06月02日

作詞の話・その2

 隔週更新コラム第25回
 6月に入って、予定としては今月一杯、今回含めて後3回で終了予定
 なんだかんだと言いながら、気が付くとここまで来たんだなぁと
 まぁ、前回と前々回と、ちょっと大変で番外っぽい感じになってはしまいましたが
 元々明確な方向性を決めて始めたコーナーじゃないから、それでも良いよね?

 んで、今回は精神状態もさることながら
 それに伴って体調自体もちょっと悪い感じで、あんまり通常モードとも言えないので
 前回からの派生で、作詞関連の話で
 そもそもの作詞をする事になった経緯は以前にも書いたのですが
 今回は、作詞をするにあたっての考え方とか、その辺りを


 まず、作詞をしようと思って書き始める時と、思い付いた形が歌詞だった時とがあるのですが
 どちらにしても、最初に浮かぶのは大まかな風景、ですね
 『幻蒼』の場合だと、蒼色の都市だったり
 『snow flow』の場合だと、風に流れている雪だったり
 それに対して、方向性と言葉1つぐらいを付け加えて書き始め、ですか
 こっちは、『幻蒼』だと方向性は冷たく暗くで、言葉は蒼
 『snow flow』だと積もるんじゃなくて包み込むような感じで、欠片、だったかな

 後はその辺りを考えながら、と言うことになるのですが
 大抵の場合において、歌詞を書く時は自分で鼻歌を歌っていたりします
 つまり、歌詞の段階ですでに自分の中ではメロディーがあるんですよね
 この辺りは元々作曲の方もやろうとしていた事があって、その時にも歌詞を書こうとしたことがあったから、だと思うのですが
 少なくとも最初に思い付いた部分は、無意識に口ずさんだ部分であることが多いです
 結局、作曲の方はすでに諦めていますし、それ以外の部分を作るときにはそうではない場合の方が多いですけど
 歌詞として書く以上は歌える必要があるわけで、その辺りからも自分で歌ってみるのが一番楽かな、と
 この最初のメロディーが思い付くかどうかが、歌詞として書くかどうかの分かれ目にもなっている気がします

 そして、その最初に思い付いた部分から、だんだんと膨らませていくわけですが
 この辺りは、基本的な考え方としては散文(詩)を書いてるときとあんまり変わらない気はしますね
 文章の形や文字数なんかを合わせるのは、その延長で割と自然にやれていますし
 後は全体、もしくは歌としてのブロック毎で1つの物語になるように考えつつ
 一応、最初に浮かんだ風景を言葉で表現する、という目標は他と変わりはないですし
 結局は最終的な形が違うだけで、それ以外の文章を書いているときとあんまり差はないのかも知れません
 とは言え、その「形が違う」という事自体が、大きな差であることは間違いないのですが


 それと、曲として完成している物はありませんが
 実は二次創作としての歌詞も幾つか書いていたりします
 これもやっぱり、僕は元々がSS書きなわけで
 この場合もSSのネタが思い付かなかった代わりに歌詞を書いてみた、といった感じでした
 その場合も、その作品から特定のキャラだったり、そのキャラの居る風景だったりを思い浮かべて
 それをベースに書いていくのは同じですね
 ただ、どうしても原作に引きずられる部分が多くて、原作に対して直接的な歌詞が多い様な気がしています
 それはそれで、二次創作としては良いのかも知れませんけど
 目指す形としては、もう少し遠回しに書いてみたいと思う部分もあって
 その辺りはまた、次に書く機会が在れば、ですね
 これに関しては作曲者と共通のネタじゃないと意味が薄いんで、難しいところですが


 と、そんな感じで
 何かが書き足りない気もしますが、実は書いてる時間が時間なのでこれぐらいで
 ……いや、日付が変わった時点でネタすら決まってなかったとか、割と大変だったんですよ

 さて、そして1年間続けるまで残すところ後2回
 最後は振り返りで使うのが基本な気がするので、ネタを考えるのは後1回?
 今度こそ、普通に落ち着いて書けると思いたいけど、どうなるやら
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2006年05月19日

舞い落ちる 舞い上がる(『snow flow』の話)

 隔週更新コラム第24回
 なんですが……相変わらず精神状態は不安定
 少し落ち着いたかと思ったら、更新直前でまた崩れた辺りはどうなのかと思わないでもないですが

 そんなわけなので、今回はある意味で番外編と言うか
 調子が良ければ多分、隔週更新とは別枠で書いていた話
 作詞させていただいた曲、『snow flow』に対するコメントです
 そもそもの作詞をする事になった経緯や、以前の曲に関しては隔週更新開始前に書いているので、そちらを参考に


 で、今回の『snow flow』ですが
 実際に書いたのは去年末……手元のファイルの更新日時を見ると、ちょうどクリスマスイブとなってます
 別にその日付け自体には特に意味はないですけど
 僕の住んでいる辺りでは去年末、例年より雪が多くて
 元々雪が好きなこともあって、その辺りのイメージで何となく浮かんできたので
 12月頭ぐらいから少しずつ考えてて、実際に形にしたのがその日、というだけの話

 実は今回、雪をテーマに歌詞を書くのは2度目で
 1度目のは『幻蒼』よりも前に書いた物だったりしますが
 そっちは「雪の結晶」がメインだったので、それとは違う方向性で
 実際に雪が降ってる時って、全体としてはちゃんと空から降ってきてるんですけど
 風が強い時は、風に吹かれて下からまた舞い上がってくるんですよね
 そういった、「風に流される雪」というのが今回のメインテーマでした
 そういう感じが出ているかどうかは、受け手に任せることになりますけど

 今回は、そうやって前からイメージを作っていたこともあって
 書き始めた段階で、すでに『snow flow』という曲名まで決めてました
 これもイメージからふと浮かんだ単語なのですが
 元ネタとしては、ポップンのフロウビート担当キャラ『flow flow』ですね
 思い付いたときには曲名と勘違いしてたりだけど、割とあの曲自体もそんなイメージな気がするのです

 そしてそもそも、「flow」の意味を「浮く」だと勘違いしていたりもしつつ
 正解は「流れる」ですね
 書き始めた辺りに辞書で確認して、それから方向修正していたりも

 今回最初に書き付けたのは、一番頭の「舞い落ちる 舞い上がる 風に流れる粉雪」から
 予めイメージが出来ていたこともあって、頭から順番に書いていった感じですね
 とは言え、最初の「舞い落ちる〜青空を染めていく」までが最初に浮かんだところで
 そことタイトルまでを書き付けてから「flow」の確認をして、実際の肉付け、ですね

 肝心の肉付け部分は、あまり書けることがないんですけど
 思考が「流れる」になった時点で、「時を流れる僕等」辺りのフレーズまで出てきてました
 2番の歌詞の方は、雪よりもそっちがメインになってる感じですけど
 風に流れる雪と、時間の流れを生きる自分と
 それを近くに感じた時点で、ほぼ完成だったのかなと


 そんな感じで、書き上げるのにその日1日で2時間程度
 自己最短で書き上げつつ、PLAMATOさんに投げたのは今年の元日
 いや、書き始めた最初から年賀メールついでに投げるつもりだっただけなんですが
 今まで投げた中で一番のお気に入りになったらしく、他の作業が終わったら曲を付けます、との返事
 後は相変わらずのお任せモードでまぁ、色々と忙しかったから完成はこの時期になったわけですが

 それで、今回は実は2点ほど、僕が投げた状態から歌詞の修正が入ってます
 1つは文字数調整のための表現の変更なので、特に影響はないのですが
 もう1つは、2番の「青の世界〜消える色に残す形」の追加で、割と大きな修正になってます
 これは曲を作る際に、曲の展開上この方が作りやすかった、という話ですが
 個人的にはあんまり完全な繰り返しが好きになれなくて、だったら新たに書いてみましょうか、という話もしていたり
 ただ、そうこうしている内にこっちが精神的にバタバタしだして、修正案が出せないまま公開、と
 最終的には僕としても、この形はこの形で有りだとは思ってますけど
 なんらかの機会が在れば修正案を出したいなぁとは思っていたり
 そんな機会が在れば、でしかないですが

 それと、歌詞自体の修正ではないんですけど
 歌詞の頭、最初に書いた部分だと言った「舞い落ちる〜青空を染めていく」の部分ですが
 気付いた人は気付いたかも知れませんが、書いた段階ではサビを想定してました
 それと、先ほどの修正部分だった「青の世界〜」の部分ですけど
 これも実は、2番の「広い視界〜」が形として対応するように考えて書いていたりします
 この辺りは僕の書き方であり、修正案を出したかった理由の1つではあるんですが
 こういったこっちの想定と、実際に完成した曲のズレは、それはそれで楽しみな要素だったりもして
 せっかくだからこういった場所でネタばらししてますけど……受け手側としてはどうなんでしょう?


 と、そんな感じで
 精神状態が悪いと言いつつ、隔週更新コラム最多文章量を少しだけ更新してるわけですが
 それを差し引いても後書きは好きだから仕方ないよね、うん
 むしろ、だからこその番外編というか

 さて、次回はさすがに通常モードだと思いますが
 精神状態が好転する目処が立たないのはどうしたものか
 気が付けば残り3回予定だし、何とかしたいところではあるんですが、さて
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2006年05月05日

心の余裕

 隔週更新コラム第23回
 GWの真っ最中ですが、そういう問題でもなく
 割と急にバイト始めたせいで、やっぱり今回も精神的にバタバタしていたり
 ……と言うか、前回バタバタしてたのもその辺の話が出た直後だったから、か

 そんなわけで、本気で体調崩したりもしたので
 今回はいつもより手短に


 前にも少し書きましたが、僕のペースは基本的に遅いです
 その時は本の読み返しだとか、ゲームの進行ペースなんかの話でしたが
 サイト本体の更新ペースを見ればわかるとおり、執筆ペースも遅いんですよね
 これもやっぱり、実際に書いている時の速度がどうと言うより、書く前に考えている時間が長いんですけど
 そういう、ゆっくりとしたペースで動いているだけの余裕があったんですよね、結局は

 基本的にゲームも読書も物書きも趣味であり、余裕がないときに優先されるべき物ではないのですが
 逆に趣味だからこそ、その時の余力が全て注ぎ込まれる物であって
 時間を掛けることだけが重要なことではないにしても
 やっぱり、それだけの余裕は必要なんだと思います

 その中でも物書きに関しては、現状『優先度の低い趣味』になっています
 これはそのまま、それだけ多くの余裕が必要、と言うことでもあるんですよね
 それだけの余力が必要なのは、他の趣味とは違い『形を生み出す趣味』だから、という所に集約される気がしますが
 その上で元々がSS書きなので、別の趣味の中から出てきた趣味で
 そのベースを含む意味でも、余裕が多く必要なのかも知れません


 この場合の『余裕』というのは、時間的な余裕ももちろんですけど
 精神的な余裕というのも、かなり大きいです
 僕の場合は現在の生活上、時間的な余裕が無駄に多いこともあり
 精神的な余裕の方があるかどうか、というのがそのまま進行ペースに関わっていました
 もちろん、精神的な方の余裕も、生活上からすれば充分にあるはずなのですが
 その辺りは、気持ちの制御の問題なんですかね
 大体、1つの事に過剰な力を注ぎ込むので
 結果として他の余裕がない、と言うことが多々あったような気がします
 この辺りは、少しずつ慣れていくしかないんでしょうけど
 現状を見るに、やっぱりまだ厳しそうですね


 と言うわけで、いつものより短めですが
 本気で精神的な余裕がないので、これぐらいで
 結果として、長々と言い訳してるだけなのは気にしない
 ……『作者急病のため』とかで落とすかどうか、ギリギリまで迷ってたし、それよりは

 ともかく、色々と問題はあるでしょうが今回はこれで
 次回更新までにはもう少し回復していること祈りつつ
 ……いや、自分の問題のはずではあるんですが、さて
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2006年04月21日

オリジナルの言葉

 隔週更新コラム第22回
 4月中最後のコラム更新
 で、4月末でこのサイト自体も4周年だそうですよ?
 なんだかんだで続いてる物だなぁと、ふと思ってみたり

 んで、コラムの内容自体は、関係あるような無いような
 いや、頭の挨拶の段階で、中身まで考えて無いことは良くあるので


 そんなわけで、サイトは4周年で、もうすぐ5年目に突入します
 一応、最初から小説をメインと言いながら続けてきているわけですが
 その割には小説の更新は少なくて、それ以外の日記やコラムなんかで誤魔化している部分がかなりあります
 それでも、何とか文章サイトとしての体裁を、と言うことで年に数個は更新しているわけですが
 このコラムの隔週更新の初回で書いたとおりに、小説の形式よりはこういったコラムの方が好きなのが現状だったりします
 そもそも、元々日記が事実上のメインにするつもりで、サイトを始めていたりもするのですが、さておき

 で、その形骸上のメインである小説コーナーなのですが
 僕は元々SS書きで、ここ最近のコラムではずっとその辺りの話をしていました
 が、そもそもはオリジナルを書き始めるからサイトを立ち上げようとした、という経緯があったりします
 実際に現状、SSよりもオリジナルの方が載せている数は多いですが
 それでも最初に自分で書いて載せた物はSSだったりと、どこかSS寄りな部分があります
 なにより、オリジナルで長いのを書きたいとずっと思いつつ、未だに一度も書いていないんですよね
 短編連作っぽい物はありましたが、あれも話自体は特に繋がっていませんでしたし
 今現在載せている中で一番長い話はSSの方で、オリジナルではその1/4ぐらいまでが限界になっています
 裏でもう少しは長い物を書いてみたことがありますが、それでも1/2ぐらいまで
 それ以上の長さのオリジナルはそもそも書いたことがないんですよね
 そもそもの話として短いのが多いという事はすでに書きましたが
 それ以外の部分で、その辺りが書けていないのはどうしてなのかな、と


 元々SSは原作ありきで、原作が好きだから書いていたのですが
 オリジナルを書き始めようと思ったときは、オリジナルで書いてみたい、というのが始まりでした
 この時点で、すでに目的と手段が入れ替わってるんですよね
 元々は原作が好きで、そのキャラ達を動かす手段として小説を書いていたのに
 いざオリジナルになると、逆に小説を書きたいからキャラを作る、ということになって
 それでも幾つか話は浮かんだのですが、全て途中で止まっています
 ただ、この逆転自体は、実際に好きなキャラが出来てしまえばあまり関係ないはずなんですよね
 それでも引っかかる部分として残っているのは、まだそこまでキャラを創ることになれていないから、なんでしょうけど

 それで、現在オリジナルの短編として公開されている物は、別の方向性から書いてみた物がほとんどになっています
 キャラからじゃなくて、風景から書いた物、ですね
 なんとなく、こんな風景がいいなぁなんて想像をして、その風景のパーツとしてのキャラが居る
 キャラの名前なんかが出ていないのはこのためだったりします
 名前を付けるのが苦手な部分もあるにはあるのですが、それ以前に、キャラが中心じゃないんですね
 キャラに似合う風景じゃなくて、風景に似合うキャラ、でしかないので
 なので、その1つの風景が終わってしまえば話も終わるし、そのキャラの出番も終わる、と
 この辺りが短くなっている要因のような気がします

 ちなみに、その方向性のまま突き進めたのが散文、ですね
 自分でそうと自覚して書いているわけではないのですが
 本当に1つの風景だけで、その前後すらないので
 その辺りの発想が、散文寄りな文章になっている理由の1つ、でしょうか


 結局の所、オリジナルでもSSでも、書く作業自体に大きな差はないはずなのですが
 背景が違う分、発想元がずれている部分があって
 その辺りにまだ慣れていないのが、更新ペースにも関わっている感じですかね
 慣れるためには実際に書くしかないので、単純にやる気の問題のような気もしますが
 どちらにしても、書くための理由がずれているところから考えないといけないのかも知れませんね


 と、話として纏まって無いというか、自己完結しただけの様な気がするけど
 ちと精神的にバタバタしてたので、その辺りは気にしないでください

 さて、次回更新はGWまっただ中の5月5日
 ……その前に来週は4周年記念で更新したいし、またバタバタするような気がしつつ
 そうなると、今回のもう少し具体的な話とかになるのかなぁ……
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2006年04月07日

読みながら考えること

 隔週更新コラム第21回
 4月に入って、目標としていた1年まで後3ヶ月
 そろそろペースに慣れたかと思いきや、むしろ最近息切れ気味ですが
 なんにしろ後3ヶ月、頑張っていきましょうと
 ……すでに1年で止める気満々なのは気にしない

 で、前回から続けるつもりが、すでに前回の時点で何を書こうとしていたのか覚えていなかったりしつつ……まぁいいか


 前にもネタにしていた、罰ゲームとしてのSS書きですが
 無事に終了して、サイトの更新ネタにしておきました
 特に反応がないのはいつもの事なので、別に良いんですが
 それ以前に、読んでくれた人はちゃんと内容を把握出来たのかなと、少し不安になったり

 SSはあくまで二次創作なので、原作が存在するわけですが
 僕の場合は割と、原作の内容を知っていることが前提で書いています
 なので、背景説明なんかが極端に少ないんですよね
 今回のSSでも、キャラの名前は出てこないし、場所も室内ってだけで、何処とは書いていません
 僕の場合は、SSに限らずそういう書き方をすることが多いのは確かですが
 それも、元々がSS書きだったから、というような気がします
 この辺りは前に書いたように、自分の中では原作の延長線上として書いてるからで
 細かい情報は、原作の方から読みとって欲しい、という事なんですよね
 今回はキャラ指定の罰ゲームと言うことで、キャラ名に関しては一部で公言していましたが
 それが無くても、書いてある状況からキャラを読みとって、その上でそのキャラの情報から周りの情報を類推する
 読み手側に、それだけの事を要求してる書き方なんですよね
 それでも、ちゃんと原作をわかっていれば判断できるだけの情報は出しているつもりですし
 その辺りを理解した上で読み直してもらえれば、普通に読めると思うんですが


 こうした、文章中の情報を削る理由ですけど
 結局は、前回のコラムで書いた様な「リズム」の問題になりますね
 書いている側としては、そうした情報は全て前提として持っているわけで
 自分で書いていて、余計な文章と感じてしまうんですね
 もちろん、小説として書いて公開している以上、読み手に話が伝わらなければいけませんし
 そうした意味でも、全ての情報が省略できるわけではないのですが
 出来るだけ余計な情報を削って、必要な部分だけを書く、と
 その辺りの取捨選択はまだ怪しい部分がありますけど、自分でそういう文章を書きたいのかな、とは思ったり

 ただ、文章中の情報を削ると、それだけ不確定要素が多くなるわけで
 そうした部分は、読み手側の想像で補ってもらう形になりますかね
 ゲームなんかだと、削られた部分のある程度は絵や音で補えるのですが、僕の場合はあくまで文章だけなので
 ただ、情報量が増えれば、確かに全ての読み手が同じ様な物を思い浮かべてはくれると思いますが
 どういった文章を書いたとしても、読み手側が全く同じ物を思い浮かべてくれることはあり得ないんですよね
 想像している物を確認する手段がないから、全く同じとは断定できない、というだけの話ですが
 だったら、情報量を増やして縛るんじゃなくて、情報量を削って読み手の想像に頼ってみるのも悪くないのかな、と

 色々言ったところで、結局は
 僕自身がいつも小説を読んでいる時に、よくいろんな想像をして脱線するので
 その想像が自分の中にある前提で書いているだけなんですが
 自分の想像から生まれた話が、文章を介して別の想像に変わっていく
 そうして繋がっていくのもまた、楽しいような気がしませんか?


 と、そんなわけで
 僕が何を考えて書いてるかって事を考えながら読むと、また違う物が見えてくるかも知れません、という話
 僕のに限らず、文章を読む時に、の話だけども
 それが前提にある文章なら、練習にはなるのかな、とも

 ……だんだんと、自分でなに書いてるんだかわからなくなってきてるのはさておき

 さて、次回はまた未定って事で
 このまま自分の文章関連のネタで最後まで引っ張っりたいような気はしますが
 そこまで保たせる自信がないのと、突発的になにか書きたくなる可能性があるのと
 ……以前に、そもそも今決めても次を書く時までに忘れてたりするし、と
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2006年03月24日

短いリズム

 隔週更新コラム第20回
 ついに20回ですよ、ええ
 んで、気が付けば3月最後の更新
 7月から始めてるから、後3ヶ月で1年ですよ?
 無軌道なままよくここまで続けたなぁと、改めて思ったりしつつ

 1年で区切りと思ったときに、そろそろ終わりに向けての方向性を決めるべきか、このままふらつくべきか迷ったりもしつつ


 最近、珍しく掲示板で感想を貰えたりしまして、それからちょこちょこと話が続いていたのですが
 わかりにくいと指摘された部分が、自分にとっては好きな部分だったりで
 自分が結構特殊な文章を書いてるのかなと、改めて思ったり

 僕の文章は、一言で言ってしまえば「短い」んだと思います
 それは物語として短いということでもあり、文章として短いということでもあり
 そして、1行の長さとしても短い、と
 その分、1行に詰め込もうとする意味が大きいので、よくわからなくなるんでしょうけど

 元々、僕の文章はノベル系のゲームに影響を受けた部分が大きく
 僕の文章の1行は、そのままボタンを一回押すと表示される文章量、と考えています
 ゲームだと、メッセージウィンドウの大きさなどの制限もあり、その文章量自体はあんまり多くなくて
 その形がベースなので、1文毎に改行するようになったりもしたのですが
 それ以外にもゲームだと、ボタンを押して、文章が表示されて、それを読むという自分のテンポがあると思うのです
 なので、自分で文章を書いているときも、そのテンポで書いているんですよね
 僕はそのテンポ自体がかなり遅いので、結果として筆も遅くなっているのかも知れませんが
 その関連か、1行辺りの文章量も割と少なくなっていて
 その辺りを気にせずに、普通に小説として読んでいると、テンポが違ってわかりにくくなるのかも知れません

 それとは別に、1つの場面自体の短さ、というのもあります
 僕としては1つ1つの場面が短くなっているのは、やたらと場面の転換が多いせいだと思っているのですが
 これは、場面の1つ1つじゃなくて、全体で1つの話にしたいっていう感覚ですね
 おそらく、ゲームやアニメのOPからの影響だと思うのですが
 1つ1つの場面自体はそこまで大きくなくて、それが集まって全体が掴めるようになる、と
 ただ、それは本来OPデモだからこその形であって、どうしても短く纏まりやすくて
 結果として全体も短くなる、という状態な気がしますが
 これも1つのテンポとして慣れてしまったので、ですね


 そんなわけで、色々と短い文章しか書けなくなっているわけですけど
 その辺りの文の性質からか、詩の方が似合ってるのでは、とも言われました
 単純に長さの面からすれば、確かにそうなのかも知れません
 ただ、自分ではどちらでも書き方自体を変えているつもりはなく
 双方が影響し合っている……と言うよりは、元々どちらも同じ物、という気がします
 ただ、その時の書きたい物で変わってくるのかな、と

 そもそも、小説として書いている中でも、詩のような文章が入っていることが良くあります
 それは大体が場面転換時の繋ぎなのですが
 別に詩として書いているのではなくて、単純に繋ぎとしてで
 それを含めたテンポで全体が構成されるように、と思って書いています
 それを小説としてみると、やっぱりおかしいのかも知れませんけど
 ゲームにおけるOPだったり、途中で挿入されるデモだったりと考えると、そこまでおかしい事でもないと思うんですよね

 結局、元々僕は小説よりもゲーム寄りで書き始めた人間なので
 結果として、一般的な小説とは重視するところがずれている感じですが
 それを小説の枠にはめるんじゃなくて、書きたい形で書く、と
 結果として小説の枠よりも、詩の枠の方が合っている部分も確かにあるのでしょうけど
 もうしばらくはこんな感じで書いてみたいとも思います
 元々僕は、趣味は小説書きじゃなくて、物書きだと言っていますしね


 と、そんな感じで掲示板のレスの纏め……とはちょっと違うか
 ともかく、色々とわかりにくいテンポの話を書いてるのかも知れませんが
 その辺りの意識があると、少しはついてこれるようになるのかも

 と言うか、罰ゲームとして書いてるはずの物がそんな要素全開で困った感じに
 次回更新までにはさすがに書き上がってるはずなので、次はその辺の関連の話が出来るかなぁと思いつつ
 ……ネタを決めておかないと、また直前で困るしな
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2006年03月10日

ぼくらの時間

 隔週更新コラム第19回
 こう書けば、更新ペースもわかるよね
 そもそもは更新ペースがずれる可能性がありそうだったから、定期更新とだけ書いてた気もするけど
 ……どっちにしてもペースがずれたらダメか


 さて、この定期更新コラム
 毎回隔週の金曜日、大体15時〜17時ぐらいを目処に更新しています
 ですが、実際の原稿は大抵、その前日までに書き終えて準備していて
 実際に書いている時間は、基本的に日付が変わった辺りから
 自分の日記の更新を終えて、一通りネットを巡回してから書き始める、と言うパターンがほとんどです
 それはコラムに限らず、小説や詞を書いているときもその時間がメインですね
 その辺りは、サイト本体の更新時間が大体深夜から明け方になっていることからもわかると思いますが
 基本的に夜型で、夜の方が集中して書けるんですよね
 逆に、夜にならないと集中できていない、とも言うのですが

 そもそも夜型になったのは、おそらくはテレホタイムの関係で
 作業のためと言うよりは、延々とチャットやメッセンジャーで話していたから、という気がするのですが
 気が付くと、そのまま習性のようになってました
 会話の間にちょこちょこと作業してたのが、そのまま定着したんでしょうけど
 ただ、それは夜に作業する理由にはなってても、夜じゃないと駄目な理由にはなってないんですよね
 となると、物書きをする環境としても、ある程度の差はあるのでしょうけど

 昼と夜で環境がどの程度変わるだろう、と考えたときに
 個人的に大きいのは、それが夜である事、という気がします
 昼間の時間は、本来なら仕事なりなんなりをしているはずの時間な訳であって
 その時間で趣味の活動をするのは、なんとなく引け目に思ってしまっていたんですよね
 そういった意味で、本来の意味でも自由な時間は、気兼ねなく使える時間だったのですよ
 今ではあまり気にもしていませんし、それはそれで逆にまずいと思うのですが
 そんな理由も、1つとしてはあるような気がします

 それと、後はやっぱり静かなことと、他に活動している人が少ないこと、ですかね
 それは単純に、書いている途中に邪魔が入りにくい、という事でもありますし
 そうした雑音が少ない中で、1人でパソと向かい合って文章を書いている、という状態は
 トランス状態というには知れませんが、それに近い物があるんじゃないのかなと
 それもかなり浅いので、すぐに戻って来れますけど
 戻ってしまいやすいからこそ、戻る原因が少ない環境の方がいいのかと

 ただ、実際に文章を書く作業は夜、ですが
 そのためのネタを考えて、脳内で纏めるまでは特に時間は関係なくやっています
 このコラムカテゴリは〆切がきっちりある関係上、夜に書こうと思ってからネタも必死に考えることが多いのですが
 基本的には特にネタ出しをしようというのではなく、ふと思い付いた物というのがメインになります
 大体はそれをメモもせずに覚えておいて、夜になってからそれを思い出しながら形にしていくわけで
 ある意味では、夢を見ているのと同じ様なプロセスで、文章を書いているのかも知れませんね


 と、そんな感じで、自分でも何が書きたかったのかよくわかりませんけど
 この時間も、大切な時間、と

 ちなみに、実際にこれを書き上げてるのは前日というか、もはや当日の午前3時頃
 2日がかりで書いてますが、実際に集中して文章を書いていたのは2日とも2時半からの30分ぐらいだったりします
 2日とも、1時過ぎにはテキストファイルを開いていたはずなのですが
 ……こんなペースだから、色々と問題なんでしょうけどね
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2006年02月24日

もう1つの選択肢

 定期更新コラム第18回
 ……毎回こう書いてたら、定期更新なのはわかったけど更新ペースがわからなかったとか言われてみたり
 まぁ、確かに最初にしか書いてなかった気はするけど……一応、隔週金曜日更新ですよとは
 別に、普通に見てたらひょっこり書いてあった、ぐらいで良いんですけどね

 さておき、今回は前回の続きっぽい話
 もうちょい実務的な、SSのネタ出し関連の話


 話に入る前に、前回に言っていた勝負の結果ですが、2勝5敗で負け
 ただ、2人とも勝ち負け関係なく書く気になっていたという、微妙な状態でしたが
 罰ゲームは罰ゲームなので、近々サイト本体の更新があると思います

 それで、これを書いてるのと平行してネタ出しをしているわけですが
 僕はかなりネタの幅が狭いんですよね
 それは前回でも少し触れてましたが、原作に余計な物を加えるのが好きではなくて
 キャラの視点を変えてみたりだとか、物語中で語られていない部分を探したりだとか
 そういった方向性からネタを考えていくことが多いです
 基本的に、原作が好きである以上、原作を壊したくないと思うらしくて
 出来るだけ原作の枠の中で、書ける場所を探す、と
 ただ、原作を壊すことと、原作の枠を広げることはまた別で
 そういった意味でネタの幅が狭いのは、あんまり良くないことだとは思うのですが
 この辺りは、初めからSS書きから入った事が大きいのかも知れません
 要は、オリジナルの様に自分で設定を作るのが苦手、という話でもありますし

 ただそれでも、一時期書いていたKanonに関しては
 物語として敢えて語られていない部分が結構あって、設定上からも割と無理が利くような感じがあって
 こんな考え方でのネタも作りやすかったとは思いますね
 だからこそ書いてみようとも思えたんだろうし、今でもたまに、思い出したように書いたり出来るんでしょうけどね


 今はその頃と比べて、SSを書く頻度は減っているわけですが
 ネタの考え方自体は、あんまり変わっている気はしませんね
 その間にオリジナルを書いていたことによって、新しい要素を付け加えるという考え方自体は出来るようになってるんですが
 実際にそうして書くのかと言われると、やっぱり首を傾げますし

 結局の所、SSは二次創作であり、Side Storyである以上は
 原作の物語の何処かに関連付けがされてないと、と思うんですよね
 キャラだけを借りてくるんじゃなくて、キャラを含めたその世界観を借りてくるわけで
 それはどうやったって、正式な物語にはならないんだけども
 逆に、だからこそ原作から繋がる可能性を持たせておきたいと
 そうやって、原作に影響されるんじゃなくて、原作に影響しているような錯覚を得ることが、自分のSSの楽しみの1つになってるんだと思います
 特に、元々ノベル系ゲームは小説とは違って、選択肢があるのが大半なわけで
 その選択肢を選ぶんじゃなくて、自分で選択肢を創っていく
 そういう発想も、何処かにはあったのかも知れません
 実際に、そういう発想からのネタを書いたことはないんですが


 と、そんな話?
 改めて見てみると、あんまり前後編な感じにもなってない気はしつつ
 それも初めての試みだし、そもそも書いてる日付が普通に空いてる時点でそんな物かなぁとは
 ついでに参考になるような話になっている気もしませんが
 そもそもは自分のための振り返りが基本なので、そんな感じで

 結局の所、考え方は人によって違う物だし
 これはあくまでその中の1つなので
 あんまり気にしない方が書きやすいと思いますよ、とは

 おまけ、冒頭の罰ゲームのネタの進行状況
 とりあえず、当初の予定とは違うとは言えキャラ指定はあるので、そこから考えはじめて
 後は一緒に出したいキャラが居るから、そうなると時間軸が原作中のどの辺りになって
 その辺のキャラの会話までは想像できるんだけど、どうやって話を纏めるんだろうとか
 大体そんな感じですかね
 原作中で直接の関わりが薄いキャラを絡めるのは、それをどうやって出会わせて、とか考えるだけでネタになるので、割といつもの手段なのですが
 今回はキャラを出すことが前提になってるぶん、そこから先が簡単には纏まらない感じ
 ……さて、実際に書くときにはどうなってるやら
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2006年02月10日

SS書きとしての意識

 定期更新コラム第17回
 回数が伸びるに連れ、挨拶のネタにも困ってきたこの頃
 本編のネタも困ってはいるので、今回は次回に続く予定で書いてみたりはしてますが
 それ以前に、見ようによっては前回からも繋がってるかも


 ええと、日記の方ではちょこちょこと言ってますが
 某人に挑んでいる勝負(7デッキ戦)に、ちょっとした罰ゲームがついています
 「特定のキャラメインでSSを書くこと」という物で、僕とすれば物書きの身らしい罰ゲームなんですが
 相手様は小説のネタを作ってたことはあるみたいですが、実際に書いたことは無い様で
 それでもその勝負に乗ってくる辺り、熱いなぁとは思いつつ

 そんな勝負になった経緯も色々とあるのですが、今回はそっちではなく
 僕もSSから小説を書き始めた人間なので、最初はどんな感じだったかなぁと
 書き始めた経緯とかではなくて、どんな事を考えて書いていたのか
 その辺りの話をしてみようかなと
 ……参考になるのかどうかはともかく


 まずは以前にネタにした、一番最初に書いた物
 その時はまだ色々と手探りで、他人の二次創作もほとんど見ていなくて
 その上で勢いだけで受けてたので、後で色々と困ってた記憶はあります
 それで結局、原作から出来るだけ余計な物を加えずに、ただ他の角度から見たような話になっていました
 実際に書いているときは、出来るだ原作から余計な物をくっつけないように、後は〆切だけちゃんと出来るように
 考えてたことはそれぐらいだけだった気がします
 今となっては反省することばかりな気はしますが、当時としてはそれで精一杯だったんでしょうね

 そしてその1年後、Kanonネタをひたすら書き続ける時期があったわけですが
 この時は、あんまり悩んでた記憶はありませんね
 元々がキャラクターメインなゲームだから、どのキャラで書きたいって所から入って
 ネタさえ出来てしまえば、後はそのまま書いていくだけなので
 当時は無駄にやってたから、設定なんかもほとんどが体に染みついちゃってて
 その上で割と設定上の無茶が効くと思ってたから、好き勝手やってましたし
 普通に、何も考えずに楽しめて書けてたのがこの時期だった気はします

 そもそもSSを含む二次創作と言うのは、キャラクターや世界観の設定を流用して創るわけで
 SSとして書く以上はある程度それを意識して、元からずれすぎないようにしないといけないんだけど
 意識するまでもなく染みついているレベルだと、そのまま書けばそれでその範囲には収まるんですよね
 だから、考えるのはネタを作るところまでで、そこから先はあまり考えることもなく
 本当に、ただ好きなように書いてました


 当時考えていたことはそれぐらい、ですかね
 結局はあんまり考えずに、ただ好きなことを書いていただけなんですが
 SSですし、趣味として書いている以上はそれで良いんだと思います

 それで逆に、今は考えていて昔は考えていなかったこと、となると
 オリジナルを書くようにもなって、そこで引っかかることも多いのですが
 他にも例えば、自分を文章書きとして意識するようになった、と言うのがあるような気がします
 最初の頃はまず、本当に自分が書けるのかどうかという所からでしたし
 その後もしばらくは、書いた物を見せる相手も限られた数でしかありませんでした
 なので、自分の文章にまで気を回している余裕なんて無かったんですよね
 それでもそれなりに書き続けてて、普通に物書きが趣味だと言い張るようになって
 そうなってくるとさすがに、あんまりまずい文章は書けないな、と思ったりはします
 もっとも、別に今でも自分の文章が上手いとは思ってませんし
 癖が強いだろうから、難しい部分もあるとは思ってますが
 そういった意識をする余裕が出てきた、というのはありますね

 ただ、その辺りはやっぱり、最初から意識する物ではなくて
 最初はただ単に、書きたいことだけを書いていれば良いんだと思います
 それを公開するとなると、色々と気にしたくなる部分も出てくるでしょうけど
 面白い物語は、必ずしも文章の技量と比例する物ではなくて
 文章的な突っ込み所は多くても面白い物語は幾つも存在するので
 まずは自分が面白いと思えることを書くこと、ですね
 そうすれば、文章云々をさておいて面白いと言ってくれる人も居るはずです


 と、そんなわけで
 ……途中でなに書いてるんだかわからなくなってきてるけど
 SS書き楽しいよとか、そういう話?

 で、次回更新時には、冒頭で言ってた勝負の結果も出てるはずなので
 もうちょい実務的な、SSのネタ出し関連の話か何かをする予定
 一応、勝っても負けても意味がある、はず

 勝負前からこういうことを書いてる辺り、強気に見えるかも知れませんが
 結局は自分の振り返りでしかないので……強気なんだか弱気なんだか
posted by トゥクス・ウィム at 16:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 定期コラム・その1 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月27日

本当に大切な物って?

 定期更新コラム第16回
 気が付けば半年もとっくに過ぎ、これで7ヶ月続いた様で
 毎回バラバラな話で、逆にネタに困ったりもしつつ
 それでも何とか続けていられてるのは、悪くはないんでしょうけど


 さておき
 最近、日記の方でずっと東方文花帖というゲームの進行報告をしていました
 一応、少し詳しく説明すると、オリジナルの同人ゲームで、弾幕撮影ゲームとなっています
 弾幕撮影と言われても意味がわからないでしょうけど、基本的には普通のシューティングと同じですね
 ただ、弾を撃つ代わりに相手を撮影するという、それだけのゲームです
 元々、東方シリーズとして普通の弾幕シューティングを幾つか出していて
 それの最新作且つ実験作と言うことで、ちょっと変わったゲームになっています
 こういうのが普通に出せるのは、同人の強みでしょうね

 この東方シリーズ、3年半ぐらい前の紅魔郷から有名になって、僕もそれから毎回楽しみにしているシリーズなのですが
 ゲーム本編もですが、それと同時に、毎回付いているおまけテキストも楽しみにしている自分が居ます
 内容は基本的には後書きと、後はゲーム中の色々な補足ですね
 僕は前にも書いたように、後書きが普通に好きだと言うこともあるんですけど
 その後書きの中にある考え方が、毎回色々と考えさせられて
 作者がそう考えているからこういうゲームが出来て、だから自分が楽しめている、と思うのもまた楽しくて
 ある種、ゲーム本編との相乗効果にもなっていると思うんですよ

 そして今回は、その文花帖の後書きの中にあった話から


 文花帖の後書きには、文花帖が出来るまでの色々が書かれてました
 なにやら構想自体は3年前、紅魔郷の時からあったようで
 そもそもは、ゲームの紹介やパッケージ等に使うためのスナップショットを撮っていたのが始まりで
 その作業がなかなか楽しくて、ならばそれ自体がゲームに成り得るのではないか、という発想だったそうです
 それから実際にゲームに成るまでの試行錯誤が書かれているわけですが、その辺りは今回はさておいて
 結果として文花帖というゲームが出来て、それが楽しめるゲームに成ったと言うことは
 少なくともその発想が、制作者を含めた、文花帖を楽しめた人達にとっては間違っていなかった、と言うことですよね

 これも、後書きの中で結論のように述べていることなのですが
「まずは表現したい何かがあって、そこから様々な物が派生する」
「根底にある物を意識し続けないと、ゲームは分解する」
 つまり今回は、弾幕の中の一瞬をスナップショットとして切り取ることに楽しさを見つけて
 いかにしてそれ自体をゲームにするか、という話で
 撮影がおまけではなくて、撮影自体をゲームにする、という
 簡単なのか難しいのかよくわからない話なんですけど
 ただ、「根底にある物を意識し続ける」と言うのは、ゲームに限らず、何かを創る場合には大切なことのように思いました


 僕もこうして、自分のサイトを持って、物書きを趣味としてやっているわけですが
 ずっと続けていると段々と、自分がどうしてここで文章を書いているのかわからなくなって来るんですよね
 それで何度か昔を振り返ったりして、色々と思い出していたのですが
 サイトを作ったきっかけ自体は、実は結構後ろ向きというか
 ただ単に、どんな内容でも良いからサイトを持っておきたいってだけの話だったんですよね
 そんな風だから、本体の更新があまり出来ていないのかも知れませんけど
 でも、趣味として小説を書き始めたのはもっと単純で
 友達が書いてたSSを読んで、自分でも書きたくなったからで
 更に言えばそれは、その元ネタを僕も好きだったってだけの話であって
 それからずっと続けて書いてたのは、それが楽しかったから、でしか無いんですよね
 今ではオリジナルで書こうとするようになって、その辺りから余計なことを考えすぎている感じがしていますが
 本来は、自分の好きなキャラを、自分の好きなように動かしていただけで
 それが楽しくて書いていたのだから、そのまま気にせずに書けばいいのかな、と
 そんな事を、改めて思ったのでした


 ……やけに前振りが長くて、おかげで結論が短くなったけど、仕方ないよね?
 ともかく、色々と考えることはあるけど
 その根っこの部分は忘れないようにしましょう、という話
 元が自分の考えでなくても、それを納得して意識できるなら、それは自分の考えにもなるのです、よね?

 おまけ
 「ゲームを考える事は最大のゲーム」らしいです
 だったら、「物語を考える事は最大の物語」……微妙に違うような、そうでもないような?
posted by トゥクス・ウィム at 16:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 定期コラム・その1 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月13日

小さな記念日

 新年、明けましておめでとうございます……と言うにはもう遅い気もするけど
 新年1発目の定期更新コラム、通算第15回
 未だにコラムは1年以上続けるのかどうかは悩んでいたりしますが
 ともかく、今年もよろしくお願いします


 さて、定期更新のコラムはこれが新年1発目ですが
 コラムカテゴリ自体としては、微妙に拾い忘れていたバトンですでに更新されていたり
 日記の方は新年になっても相変わらず、いつものペースで進行しています
 そして小説の方は、3年連続で1月6日のKanon関連のSS更新が新年1発目
 特に常日頃から書こうと思っているわけではないのですが、年末頃になると何となく書きたくなるのが不思議なところです

 ところで、その更新日である1月6日ですが
 そのSSの後書きでも書きましたが、Kanonというゲームの、ゲーム中でのプロローグ部分の日付になります
 それ以外には、特に深い意味もないのですが
 そのSSの内容であるとか、なんだかんだと理由を付けてその日に更新するようにしています
 やっぱり、ゲーム中で深い意味がある日ではなくても、それは始まりの日で
 自分の中で、1つの記念日になっているんだと思います

 それともう1つ、毎年更新している日があります
 4月29日……要は、サイトを作った日、ですね
 それに加えてティルの誕生日と言うこともあって、大した更新は出来てませんが、それでもなんらかの更新はしてます
 自分の誕生日なんかは、毎回更新しようと思いつつ出来てなかったりしますが
 サイト自体にも関係ある日だし、こういった記念日は割と意識して準備したりしますね


 と言うわけで、記念日
 普段はたまに日付そのものを忘れかけたりしてますが、そういった日だけは意識するようにしています
 日付の感覚自体が曖昧なせいで、気が付くと過ぎていたって事もたまにありますが
 逆に曖昧になっているからこそ、そういった日だけでも意識しておかないといけないのかな、と

 ただ、その日が何処まで特別になれば記念日になるのか、と言うのもまた難しい気がします
 実際に、自分でも意識してしっかり更新しているのはその2日だけですし
 サイトと関係ないことでも、パッと思い付くのは1つぐらいしかありません
 その日が近づいてくると、また思い出す事もあるのでしょうけど
 特別なことは、後から振り返って初めて特別だと思えることもあって
 その時にはすでに日付を忘れていたりするのもあるかも知れません
 それも結局は、自分がその日付自体に特別な意味を持てるかどうか、ではありますが
 記念日を記念日とするためには、後から意識するのではなくて
 先に記念日となりそうな日を意識しておいた方がいいのかも知れませんね

 それでも、本来は全ての日がかけがえのない1日のはずで
 1年365日の中で、毎年その1日に変わらない意味を見つけ出すのは難しいのかも知れませんが
 毎年来るその日ではなくても、本来はその時に来たその1日こそが記念日となるわけで
 ネット上で日記を書いてる身としては、毎日の日記でその日の記念を見つけてみるのも面白いのかも知れませんね
 ……自分が実際にやるかどうかはともかく


 そしてそれは、過去に縛られるための物ではなく
 自分を大切にするために、自分が大切だった物を思い出すための物で
 常に意識し続けられる物ではないですけど、たまに思い出せると幸せになれるような気がします


 とまぁ、そんなことを思った記念日
 いや、思ったのはネタ出し時だし、そもそも執筆日と更新日も違うとか言うのは気にしない
 そもそも何が言いたいのかわからないのも気にしない
 ……思ってたより、話がまとまらなかったんだよ

 なんか新年1発目から微妙な内容になってる気がしますが
 毎度のことだから別に良いよね?
posted by トゥクス・ウィム at 15:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 定期コラム・その1 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月30日

始まりの日

 定期更新コラム第14回
 例え年末であろうとも、ペースはそのままで
 バタバタしそうだから、原稿自体は早めに書いてますが

 そして、年末だからと言うか
 以前は年始恒例だったっぽい、自分を振り返る話
 ……最初の2年はやって、去年(まだ今年)やらなかった物を恒例と言っていいのかどうかはともかく
 更に言えば、今回はむしろ始まりの話


 この文章がアップされる当日は、冬コミの2日目です
 ……ここを見ている人に、冬コミの説明も要らない気がしますが
 同人誌即売会というイベントで、その中でも最大規模の物、ですかね
 東京の方で年2回、夏と冬にあって、だから夏コミ冬コミと呼ばれるわけですが

 それで、夏コミには2回ぐらい行ったことがあったりしますが
 冬コミには1度も行ったことがありません
 だけど、実は冬コミで初売りした本に原稿が載っていたことがあります
 それが初めて自分の意思で書いた小説だったりで、今となっては思い出すのも恥ずかしい物ですが
 僕の本当の出発点と言うことで、その辺りの話を


 発端は、6年前の夏頃
 当時常連だった、とあるゲームのファンサイトで「お祭り本を作ってみたい」という話を見たのが始まり
 割とマイナーなゲームだった事もあり、そのゲームをメインで活動してる人も少なかったのですが
 だからこそ盛り上げる為なのか、ただ単にその人達がそのゲームが好きなだけだったのか
 あんまり詳しい発端の話も知らないんですが、ともかく
 そのゲームを好きな人達で少しずつ原稿を書いて、1冊の本を作ろう、と言う話でした
 その時に書く物は、イラストでも漫画でも何でも良かったんですが
 何故か僕は、絵に苦手意識があるんですよね
 それで、絵は描けないけど小説なら何とかなるかな、と
 それまで小説も書いたことはなかったけど、絵よりは何とかなりそうだったし
 なによりもせっかくのお祭りだったから、参加しないと損かなと
 そういう事をやってみるのも悪くないかなと思ったのが始まり、ですかね
 エントリーした時点では、何を書くとか考えずにしてましたし

 で、それからそのゲームを1度やり直して、ネタ出しして
 結局、1ヶ月ぐらいかけて書いてたのかな
 当時書いた物はまだHDDの中に眠っていたりもしますが
 さすがに今となっては色々と恥ずかしいので、そのまま封印しておきます
 分量としても、かなり短かったはずですし
 それ以前に、何より初めて書いた物ですし、ね

 ちなみにその本は結局、参加者36名で212ページとかいうボリュームにまで膨れあがって
 僕自身は冬コミには行けませんでしたが、郵送して貰って手元にはまだあります
 普段は読み返すこともないのですが、やっぱり、ひとつの想い出ですからね


 そんなわけで、Kanonが物書きとしての始まりとは常々言ってましたけど
 一応、自分の意思で書いた物としては、その前にこんな物もありましたという話
 これが多分、本当の意味で物書きの出発点だったんだとは思います
 ただ、それから1年近くの期間は何も書いて無くて、その翌年からKanonを1年間書き続けていたわけで
 ちゃんと文章を意識しながら書き始めたのは、やっぱりKanonからですね

 実際、その同人誌を引っ張り出して読み返してみましたが
 当時の文章の面影は、今ではほとんど無いですね
 縦書きだったせいなのか、1文で改行なんて事もしてませんし
 ネタの作り方なんかにしても、当時の自分らしいかなとは思ったけど
 今とはかなり違って、やっぱり読み返すのは恥ずかしいです
 ただ、後書きコメントで「書き始めてからオチが思い付いた」とか言ってて、勢いで書くのだけは相変わらずかなとは


 と言うわけで、普段は無かったことにしている歴史の話
 あんまり今の文章とは繋がっていないとしても、物書きとしては繋がっているわけで
 最初からSS書きだったことも含めて、たまには思い出すのも良いのかな、と

 結局の所、小説を書くのに必要だったことは『愛』と『勢い』、と言うことで
 最近、勢いの方が若干無くなってきてる気はしますが

 ちなみに、その初めて書いた元ネタの「とあるゲーム」
 少し前にPSPに移植されてたりするので、今なら名前を挙げてもわかって貰えるかも知れません
 まぁ、とりたてて名前を出すつもりはないのですが
 当時常連だったサイトはすでに潰れてるけど、何となく調べてみたら関連の所はまだ動いていて少しびっくり
 結局、その人達とも連絡は取ってませんが
 そんな風に見かけた事もあって、何となく懐かしくなったのでした、と
posted by トゥクス・ウィム at 16:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 定期コラム・その1 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月16日

雪が降った日

 定期更新コラム第13回
 不吉な数字……などと、由来も思い出せずに思ったりしましたが
 数を数えながら続けていく以上は通る道、なんですよね
 そう思うと、これからどこまで続いて、どれだけ不吉と思う数字を踏むのやら、と
 その逆に、幸運と思える数字もあるはずですが、さておき


 12月も半ばになって、冷え込む日が目立ってきました
 それと同時に、雪が降る日もちらほらと
 毎年の感覚からすると、半月ばかり早めに感じるのですが
 それぐらいなら誤差の範囲内、ですかね

 僕が住んでいる岐阜だと、大体年に2回ぐらい、雪が積もっているような気がします
 逆に言えば、その程度しか雪は降りません
 基本的に車がメインの交通手段になる街なので、そういう人には少し面倒かも知れませんが
 交通網が完全に麻痺するほど降ることも珍しく、基本的にはその程度、です
 その上で、僕は車も滅多に運転しないし、そもそも外に出ることも少なめなので
 普段から雪をあまり意識する必要の無い生活をしているわけですが
 むしろ、だからなのか、雪はかなり好きな風景だったりします
 その辺りは短編の後書きでも触れていますが、改めて


 僕は雨の日とか雪の日とかが好きです
 かといって、晴れの日が嫌いなわけではないのですが
 基本的に天気は、晴れの日が一番多いわけで
 そういう中で『普通と違う』天気は、なにか特別な気がするらしく
 単純に『普通と違う』事を好む性格もあって、そんな日を敢えて好きだと言いたいのかも知れません

 そして、そんな『特別な日』は、物語の中でもその場面を印象づけるために使われることもあって
 そうした物語からの影響も少なからず受けています
 だからと言って、雨や雪が降っている中に飛び込むようなことはしませんが
 降っていることを苦にして外に出たくない、と思うことは少ないですね
 ……いや、たまにはありますけど、さておき
 それで絵になるような人間でもないですけど、自分1人で勝手に浸るぐらいは許されるでしょうし

 ですが、それ以上に
 そういった物語からの影響として、部屋の中から見る雨や雪が一番好きな気がします
 それが自分に影響を与えることはなくて、ただ、遠い世界の風景として
 だけどその『特別な』風景は、いつもと違うことを考えさせられて
 そんな小さな想像が、僕の物書きの力にもなっていますし
 そういった小さな欠片が、今の僕の中ではかなり大きいんですよね
 ……誉められたことではないのかも知れませんが

 それと、こういう話だと毎回のように出てくる気がしますが
 やっぱり、Kanonの存在は大きいですね
 単純に物書きの出発点であり、物書きとしての考え方を持つようになったことにも加えて
 Kanonは、雪の街での物語です
 物語そのものに雪が深く関わっているわけではないですけど
 それは、その白い風景と共に進んでいく物語で
 綺麗に感じていたその風景への憧れが、好きな気持ちに繋がっているのも確かだと思います


 と、そんな感じで
 結局は、Kanonからの影響が大きいんでしょうけど
 そうやって同じ色に染まっていく風景は、単純に綺麗な物だと思うのです
 そのまま完全に染まってしまうと、また問題があるのかも知れませんが

 ちなみに、LFやってるけどWHITE ALBUMはあんまり印象に残っていなかったり
 ただ、OP曲「WHITE ALBUM」とED曲「POWDER SNOW」はかなり聞いていたので
 そこからの影響も、ある程度はあるのかも知れません
 ……雪を見たときに、思わず口ずさむぐらいには

 何にしても、この辺の雪だと綺麗さが足りないよなぁとか思ってしまったりもするのは
 憧れが強すぎるからなのか、所詮岐阜だからなのか、どっちなんでしょうね?
posted by トゥクス・ウィム at 16:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 定期コラム・その1 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月02日

最後には、幸せな記憶を

 定期更新コラム第12回
 これだけ続いてくると、うっかり原稿落としたりもしにくくなってきて
 なんか妙なプレッシャーを感じてみたり
 そもそもがどれだけ読まれてるやらだし、自分勝手なプレッシャーですが


「私はさ、ハッピーエンドが好きなんだ」
 最近やっていたとあるゲームで、物書きのキャラが言っていたセリフです
 それはキャラとしてのセリフとしてでしかないのですが、自分と近い部分であり
 そんなセリフが出てきただけで、そのゲームとそのキャラがちょっと好きになれた自分がいました

「お話の中でくらい、ハッピーエンドが見たいじゃないですか」
 こっちは以前にゲームバトンを受けたときにも書きましたが、Kanonより美坂栞のセリフ
 そして、僕が物書きをする時に何時も考えていることの1つです
 このゲームとこのキャラ自体が僕の物書きとしての原点である事からすれば、当たり前なのですが
 物書きとして云々を差し引いても、大好きなセリフである事に変わりはなく
 自分でも、そういう話が読みたいと思うのです


 さて、さっきから一言でハッピーエンドとは言ってますが
 そもそも、ハッピーエンドってどんな物なんでしょうか
 辞書で引いてみると、「幸福な状態で事が完了すること。めでたしめでたしの結末」と出てきたわけですが
 幸福だと思える状態と言うのも、人によって違うわけで
 とりあえず、自分はどんなことを考えながら書いているのかな、と

 基本的に、ハッピーエンドってのは結末の話であって
 それまでの部分はどんな状態でもあんまり関係ないはずなんですが
 普通に明るい話の方が好きなので、途中からあんまり暗い話にはしないですね
 それ以前に短いのしか書いてないので、途中も何もないんですが
 書こうとして挫折した物まで含めると、そういう傾向は強いです
 話としてはメリハリが無くなるので、微妙なのかも知れませんが
 それぐらいの、何もない話を書く人が少しぐらいは居たって良いと思ってます
 平和なことは、幸せなことですからね

 と言うわけで、終わり方としても平和な話を
 その上で未来に繋がるような要素があれば、それで良いのかなと
 それだけでなんとなく元気が出てきますし
 読後感はやっぱり、結末による部分が大きいと思うので
 そういった事は考えながら書いてる、かな?
 その上で、後書きに繋ぐことまで考慮してる場合があるのはともかく

 ちなみに自分で物書きをする場合、大体が最後の場面から思い付きます
 そんな風に終わる話を書きたいというから始まり、簡単に逆算して始まりの部分に繋げて
 その上で、物語の頭から通して書いていきます
 そうやって書いてる内に、気が付けば途中の部分が段々と変わっていって、最後まで変わってしまうこともあるのですが
 最後から発想するのは、そういう盛り上がる部分の方が思い付きやすいと言うこともあるけど
 ハッピーエンドを前提に置くから、と言う理由もあるのかも知れません


 と、大体そんな感じ、かな?
 そうして書き上がった物を読んでもらって、少しでも幸せをわけられていればいいのですが
 ……そういうことを言う前に、もっと更新頻度を上げないといけませんかね

 しかし今回、どこからこんな話になったんだろう
 最近Kanonのシナリオ書きの名前を見かけて、その関連の話をしようと思ってたはずなのに
 この話も一応はKanonから始まったことではあるけど……うーん?
posted by トゥクス・ウィム at 17:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 定期コラム・その1 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月18日

後書きが作る世界

 定期更新コラム第11回
 前回からとは言え、数字が二桁に入るとなんか妙な感じが
 それだけ続けるつもりではいたはず何だけど、慣れてもいないなぁと
 連番で何か書いてること自体が珍しい、と言う話でもあるけど

 そして珍しく、前回の予告どおりに、前回から続きの話


 僕は、後書きがかなり好きだったりします
 あくまで後書きなので、先に後書きを読むわけではありませんが
 本を読み終わった後の一服というか、余韻というか
 基本的に本編とは関係ないんだけど、そこまで含めてがその本なわけで
 後書きを通じて、色々と見えてくる物もあると思うんですよ

 一口に後書きとは言っても、人によって色々な書き方をしている気がします
 よくある物だと本編の解説や次回予告だったり、単純な近況だったり
 たまに、全然関係ないネタを仕込む人がいたり
 ただ、どんな書き方にしても、それは本編とは違うところで
 本編と比べれば、文章を書くに当たっての制約はずっと少ないはずで
 そのために、その著者の素の部分が出てくる事が多い気がします
 文章自体だったり、その内容だったりと、いろんな形でではありますが
 そういった所からその著者を想像できるのが、1つの好きな所なんだと思います


 そんな風に、後書きを楽しんで読んでいたからか
 自分で小説を書いている時も、大体は後書きを書いています
 半分ネタとして、「後書きを書きたかったから小説を書き始めた」と言った事もあるぐらいで
 さすがに、ネット上では発表していない物には一部の例外がありますが
 例えば他のサイト宛てに送った小説なんかにも、後書きまで書いて送っていますし
 自分のサイトでも散文だとか、やらせてもらった作詞なんかにも後書きみたいなコメントを書いています

 後書きを実際に書く側として、気持ちの上で細かい制約がないのは書きやすいですね
 僕の場合は大体がその作品の解説というか、ネタばらしみたいな話になってるんですが
 それは実際にそういう事を考えながら本編を書いてる事でも、それをそのまま本編中に書くわけにはいかないので
 それを上手く本編中に見せるのも技術なんでしょうけど、それを気にしなくていいのはやはり大きいです

 そして、個人的に何より大きいのは
『後書きがあれば、それでその話が終わりだとわかる事』
 だと思っています
 話を1つ書いて、それを自分の中である程度満足できる形、発表できる形にまで持っていって
 そして実際にアップする時に後書きを書くことで、自分の中での1つの終わらせる形になるんですよね
 自分自身に対する、その話が書き終わった事の証明とでも言いますか
 そんなわけで、大体の場合はアップ直前に後書きを書いています
 作詞の後書きにしても、あれを書いたのは曲が発表された後で
 自分の作った物が実際に世に出て、一人歩きするための形として
 その最後の一押しの様な役目を、後書きは持っていると思うのです


 ちなみに、自分でも割と無意識にやっていたのですが
 このコラムカテゴリも、毎回前振りがあって、本題があって、後に纏めがあります
 付け加えれば、本題が大体前後2つに分かれてるぐらいが1つの形になっていますが
 この形も結局、前書きがあって本編があって後書きがあって、という形になっています
 小説なんかだと前書きは無いことが多いですが、この形式も1つの形として落ち着くんでしょうね
 実際、内部的に他の形を試したこともありましたが、しっくりこなかったので

 挙げ句の果てに、最近は日記も同じ様な形式になりつつあります
 あんまりそういう意識で書いてるわけでもないんだけども
 自分の中での形として、纏まりやすい形はそう多くはないのかも知れませんね


 と言うわけで、その分類からすればここから後書き
 改行の仕方から見ると、今回は本編が3ブロックあるけどそれはそれ
 たまにはそんな事もある……と言うか、それは初めてじゃないし

 ……って、こういう話だと纏めにくいな、何となく

 えーと、次回のネタはまた未定
 実はそろそろ年末進行とかが脳裏を過ぎってたりするけど、それは更新ペースじゃなくてネタの問題
 それ以前に次回のネタ、なんだけどね
posted by トゥクス・ウィム at 15:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 定期コラム・その1 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月04日

後書きめいた……?

 コラムカテゴリの定期更新を始めて約4ヶ月
 今回が記念すべき第10回ですよ
 1年は続けたいなぁと言うことで、まだ3分の1が過ぎただけなのですが
 それでも10という数字を見ると、毎回ギリギリと言いながらもよく続いたよなぁとか思うわけで

 と言うわけで、少し第1回に関連した話で


 日記でも少し書きましたが、最近とある小説を読んでいて、元気を貰う感覚がありました
 と同時に、やっぱり自分が小説が好きなんだなぁと
 もちろんそうでなければ小説を読みもしないし、書いてみようとも思わないんでしょうけど
 そういう当たり前のことは、すぐに意識から抜けてしまうことでもあるので
 こうやって改めて確認できるってことは、素敵なことだなぁと思うわけです

 それと同時にもう1つ思ったのが、その小説の文章も目指していた物の1つだったのかな、ということでした
 これまでに何度か、Kanonというゲームに影響を受けて書き始めたと書いたことがありましたが
 それも1つのきっかけであり、大きな影響を受けているのは間違いないんですけど
 それ以外にも色々と文章は読んでいるし、その全てを経験した上で自分の文章を書いているわけであって
 当然、色々な物からの影響を受けて、自分の文章が出来ていくんだなと
 それだけの事を改めて思えるだけの影響を残している物は、そこまで多くは無いし
 受け手側として好きな文章と、作り手側として目指す文章もまた違うので、一概には言いにくい部分はありますが
 そんな数少ない中の1つを改めて見つけられたのは、小説の更新が止まっている現状からすれば大きいのかな、と思います


 さて、小説はそんな風に、自分の好きな形を自分で何となく把握できています
 やっぱり最近はやっていない作詞にしても、影響を受けているであろう人は何人か思い当たります
 ただ、このコラムカテゴリだけは、明確な『目標』とする形が思い当たらないんですよね
 元々の書き始めた理由は第1回で書いたとおりで、自分の考えを纏めるためにという部分があるので
 そうなると何かの形を目指すと言うよりは、自分の形を作るという方向性で間違ってはいないんでしょうけど
 それはそもそもの、「適当に思ったことを書いてる方が好き」な理由にはなっていないんですよね
 そういった、いわゆる『コラム』という物を好きになる理由には
 ……いや、それを『コラム』と言ってしまうとまた違う気がするのはさておき

 で、実際に新聞や雑誌なんかのコラム欄なんですが
 考えてみると、確かに昔から読んでるような気はします
 ただ、新聞はその辺りまでしっかりと目を通すようになったのは割と最近だし
 雑誌なんかは、とりあえずどんなページでも全部読むようにしてるだけの話なので
 とりたててその欄が好きで読んでいる、という感じもしないんですよね
 それにそういうコラムは大抵、ある程度の方向性は決めているでしょうし
 ここまで無軌道なのはまた少し違うかな、と

 それで、自分でこの文章の事を書いている時の感覚を考えてみたんですが
 なんとなく、小説の後書きを書いている時の感覚に近いような気がしました
 他の物を書き終わった後に書く感覚と、今これを書いている感覚自体は違うのですが
 僕にとっての後書きは、その書き終わった小説に対する話を纏める物であって
 その対象が自分の小説ではなくて、別の物にすり替わっただけなんですよね
 コラムの方は対象が自分の物じゃ無かったりするから、多少詰まるときもあるけど
 なんだかんだで後書きは一番好き勝手に書けていた場所でしたし
 結局は、そういった『何か』について書く、といった事が好きなのかも知れません
 そしてその『何か』の内容が『何かに対する気持ち』になった時に、自分の考えを纏める形になる、と


 そんな感じで、少し強引な感じもしましたが
 そういう風に考えてみると、これから書くネタを探すのが少し楽に思えたかなぁと

 まぁ、そもそもの後書きが好きなことに関しては、今回は何も書いてないので
 次回はネタが思い付かなければ、及びそのネタがきっちりと纏まれば、その辺の話をしようとは思いますが
 ……予告どおりには書いてなかったよね、いつも
posted by トゥクス・ウィム at 16:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 定期コラム・その1 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月21日

もう1つの名前、もう1人の自分

 定期更新コラム第9回
 ちゃんとした文章が書けているのかどうかが気になってきたりしつつ
 なんだかんだで毎回ギリギリで書いてるからなぁ……書けているだけ良いんだろうけども

 そして、前振りと本題が噛み合わないなぁとかも思いつつ


 僕はネットに繋ぐようになってからずっと、『トゥクス』というハンドルネームで通しています
 その前に2ヶ月間ぐらいだけ本名を名乗っていた期間があったり、途中でウィムという苗字が付いたりはありましたが
 基本的には名前を変えずに、同じ名前をずっと使っていて、本名以上に愛着がある名前だったりします

 『トゥクス』の名前は基本的にハンドルネームであり、ネット上などで名乗っている名前、と言うだけの意味しかないのですが
 それでも、本名を名乗っている時と、トゥクスを名乗っている時では、自分の中で感覚的な差があったりします
 それは単純な名前に対する愛着であったり、ネット上という繋がりとの差であったり
 他にもいろいろな要因があるんでしょうけど
 一番単純な所で、名前が違うと言うのが1つある気がします
 基本的に名前は、各個人を判別する大きな要素になるわけで
 それが違うと言うだけで、他が同じでも何となく違う気分になれるんだと思います

 実際、ネット上では大抵、発言前にもう一度考え直すことが出来て
 その分、文字情報として伝えられる物にも限度があるわけですけど
 その中で、本名としての自分より、『トゥクス』としての自分の発言になっているな、と思うことがあります
 現実では言葉に詰まることを、やっぱり詰まりながらでも考えながら言葉にしてみたり
 逆に現実では自然に口から出てくる言葉を、敢えて封印してみたり
 そこに本名とは違う『トゥクス』が居て、現実で『トゥクス』を名乗るときにはそれに近付けようとする
 それが良いとか悪いとかではなくて、そういう傾向があるのは確かかな、と


 さておき、元々ハンドルネームと言うのは、ネット上でのプライバシー保護なんかの関係で使われだした物で
 本名に変わりに個人を特定するための手段、と言うことのようですが
 そこに本名との関連は特になくて、言い方を変えれば本名と切り離した名前、とも言えるわけです
 プライバシー云々という話からすれば、ハンドルネームから本名が特定できては意味がないわけですしね

 で、それはそれだけの話なんですが
 ハンドルネームと言うのは、ただ単に自分で名乗っているだけの話なので
 ハンドルネームを複数持っている人、と言うのがかなりの数居ます
 他人からハンドルネームを更に愛称で呼ばれる内に変化した物だったり、ネタとして使った物だったり
 その名前が生まれた経緯自体は色々とあるでしょうけど
 そのハンドルネーム自体と、他のハンドルネームとも、基本的には繋がりは無いわけです
 全ての名前を本人が同じ人と認めているからこそ、どの名前で呼んでも通るわけですが
 そこで本人が認めなければ、他のハンドルネームとも切り離した名前が出来るわけです
 ハンドルネームが固定されてくると、今度はそういう事が出てくるわけですが
 僕の場合、『ティル』がそもそもそういう用途で使っていた名前でした
 その辺りの話は、昔に少し書いたことがあったりしますが
 『トゥクス』の活動圏とは別の所で、別の人として動ける名前が欲しかったんですよね

 この場合、『トゥクス』と『ティル』と言う別の名前ではあるのですが
 実際にそこで名前を使っているときは、別のキャラクターという感じにはなっていませんでした
 もちろん、『ティル』も本名とはまた違うのですが、『トゥクス』との差はほとんどなく
 ただ、場所によっての住み分けはあって、それによる発言の違いなどはありましたが
 ネット上では名前を変えるだけで、後は文体ぐらいでしか特定が出来ないということもあって
 そこまで変える意識がなかった、と言うだけではあります

 ただ、それは逆に
 意識すれば割と簡単に、また別の名前で別の自分が出来る、と言うことでもあります
 全ての名前は最終的に、本名で繋がることになるんでしょうけど
 表面上は、名前毎に別の自分を持つのは簡単なことなのかも知れません


 何だか結論が纏まっていない感じですが
 結局、ちゃんと調べてしまえばこの名前とこの名前は同じ人って辿り着けるんでしょうけど
 そこまで深く考えずに、別の名前は別の人って割り切ってあげても良いんじゃないかなぁとか
 そんなことを、一部でのTo Heart2のPC移植による声優さんの名前の話を聞いて思った
 少なくとも、そういうつもりで名前を変えてる人も居るんだろうしね、と

 ……外の名前が同じで中の人が違うって場合には、なんのフォローにもなってませんが
posted by トゥクス・ウィム at 15:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 定期コラム・その1 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする